嶋田親一
Shinichi Shimada
(演出家・プロデューサー)
1931年生まれ

嶋田親一

[経歴]

50年
劇団新国劇文芸部入団
54年
ニッポン放送開局に参加。ラジオプロデューサー
59年
フジテレビ開局で異動。テレビディレクター、プロデューサー
67年
同編成部副部長
69年
(株)新国劇社長
71年
新制作㈱社長
76年
フジテレビ本社復帰、調査役
78年
(株)スタジオアルタ常務取締役
82年
フジテレビ退社

制作作品に「にあんちゃん」「三太物語」「北野踊り」「小さき闘い」「わかれ道」「20の赤いバラ」「さよなら鎌倉文士の館」他(以上テレビ)、「娑婆に脱帽」「江戸っ子気質」「浅草八犬伝」「瞼の母」「紅蓮」他(以上舞台)、「暁の挑戦」「ブルークリスマス」「廃市」他(以上映画)などがある。テレビの黄金期を支えたプロデューサーとして、現在も演出家、プロデューサー、講演活動、イベントなどで活躍。

・日本演劇協会常務理事
・放送批評懇談会理事
・日露演劇会議理事


寺門邦次
Kunitsugu Terakado

寺門邦次

[経歴]

東京都浅草出身。
日本大学法学部卒業後、宇宙開発事業団(現JAXA)に入社。
広報室長を経て、宇宙環境利用推進部兼有人活動推進部長(宇宙飛行士室長)につく。
毛利宇宙飛行士や向井宇宙飛行士のスペースシャトル搭乗の打ち上げ責任者、また宇宙飛行士の募集選抜責任者など、常に日本の宇宙開発の最前線で活躍してきた。向井宇宙飛行士の「宇宙短歌」、若田宇宙飛行士の「宇宙で相撲の四股を踏む実験」、山崎宇宙飛行士の「宇宙で着物を着る」という、宇宙船から日本文化を発信する企画の発案者でもある。
退職後はテレビやラジオ出演するかたわら、金沢市天体観測センター宇宙塾長、ひととものづくり科学館(石川県小松市)エグゼクティブアドバイザー、文部科学省スーパーサイエンスハイスクール講師としても活躍している。


西形節子
Setsuko Nishikata
(日本舞踊家、舞踊研究家)

西形節子

[経歴]

昭和4年、東京に生まれる。
初代藤間勘斎(七代目松本幸四郎)から名取りを許されて、藤間すみれとなったのが18歳のとき。
その後 早稲田大学文学部演劇学科、同大学院文学研究科修士課程で演劇を学ぶ。河竹繁俊先生を始め、良き師、良き先輩、良き友に恵まれる。御茶の水女子大・共立女子大などで近世文学(歌舞伎・日本舞踊)の講座を持つかたわら、日本舞踊の師匠として後進の育成に当たる。
現在は直接教えることはなくなったが、名取りとなった愛弟子たちへのフォローは惜しまない。
集団日本舞踊21を主催し、全国各地で公演を行なうなど、日本舞踊関係の団体のお世話役や、賞の審査員などで多忙を極めるなかから、歌舞伎や日本舞踊に関する著書の執筆、研究にも余念がない。また、例年委員をしている芸術祭舞踊部門で、三年間審査委員長をつとめた。

・イヤホンガイド解説者
・舞踊批評家協会会員
・芸術祭・芸術選奨審査委員

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